博物館美術館

2016年7月29日 (金)

立山カルデラ砂防館

■ 2016年7月訪問。平成10(1998)年開館。学芸員は現在6人(文系は1人、雪氷関係が2人)。

Photo

○ エントランスにピンポン球雪崩実験装置がある。訪問時、小学生の団体相手に飯田肇さん(学芸課長・雪氷学の大家)が実演されているのを見学できた。社会教育の施設である以上、当然なのだろうが、やはり大変だ。



■ 1階で企画展示の「立山の文化財」。
立山カルデラ内の「新湯」の水位変動(間欠泉的な性格)。そこで生成される玉滴石(ぎょくてきせき、オパールの一種)は美しい。

■ 2階がメインの展示室、「立山カルデラ展示室」と「SABO展示室」

○ 立山カルデラと周辺の自然、常願寺川の水害と治水、明治期の立山温泉、立山カルデラ=常願寺川上流の砂防、など

○ 「立山登山案内図」は多数展示があり、「立山曼荼羅」と比べると興味深い。第5回企画展の図録『立山登山案内図と立山カルデラ』(2000年)

○ 「大地震非常変損之図(下流部/上流部)」
P1010175

安政5(1858)年の飛越地震によって「越中立山大鳶崩れ」(立山カルデラの一部の崩壊)が発生、それに伴って引き起こされた「山突浪・泥洪水」で、常願寺川平野部では大きな被害を被った。開館企画展の図録がある(『越中立山大鳶崩れ』1998年発行)。

○ 明治24(1891)年の大洪水被害、デ・レーケと高田雪太郎らによる常願寺川大改修。

○ SABO展示室では、立山カルデラの近代以降の砂防工事の歴史。要となる「白石砂防ダム(カルデラ出口付近、1939年完成)」について詳しい。

■ 立山カルデラ砂防館 URL:http://www.tatecal.or.jp/tatecal/index.html

2016年3月21日 (月)

中央区 タイムドーム明石

2月某日、中央区立郷土天文館と区役所へ。

■ 港区では4種発行されている防災地図だが、中央区では一種しかない(外水と内水をまとめた浸水想定区域図)。

○ 隣の区との違いの理由について、「防災課」の窓口女性に聞いてみるが、答えられない。お役所的な返答にこちらが少し語気を強めると、後ろの席の男性に聞きに行くが、「そうなっているから」という回答(にならない回答)は変わらない。それが何回か繰り返されるが、男性は直接自分で対応しようとしない。ばかばかしくなって、問うのをやめたから、彼らは「正しく」対応したというべきなのだろう。女性は非常勤で、安い給料で働いている、と推察した。

1602091

■ 【中央区立郷土天文館】
タイムドーム明石は、郷土資料展示室・プラネタリウム・区民ギャラリーなど入った施設。隅田川のすぐ近くに建つ。川向こうは、佃島・月島だ。
郷土資料の常設展示室は1フロア。中央区の土層断面(江戸期に盛り土を繰り返したため、自然堆積層0.5mが、明治期は3.5mになった)。日本橋と魚河岸の賑わいを示す資料類(「沽券絵図」=『中央区沿革図集』に掲載、「魚河岸納屋板舟絵図面」など)。佃島関連資料(佃島漁協は昭和37年に漁業権を放棄したが、現在でも徳川家へ白魚を贈っている!)、石川島造船所(1979年に石川播磨重工業が移転、その跡は現在「大川端リバーシティ21」として開発されている)、関東大震災、東京港の整備。日本橋生まれの長谷川時雨関連。

1603152

◆ 大川端リバーシティ21
住宅・都市整備公団(現・都市再生機構)、東京都住宅局、東京都住宅供給公社、三井不動産が、石川島播磨重工業跡地を再開発。高層ビルが並ぶ。上写真は、隅田川対岸江東区側から。ビル群の手前はスーパー堤防のようだ。

■ タイムドーム明石(中央区立郷土天文館)URL:http://www.city.chuo.lg.jp/bunka/timedomeakashi/

2016年3月20日 (日)

芝丸山古墳、港区立郷土資料室、ハザードマップ

2月某日、港区。増上寺、芝公園、区役所、郷土資料室。

■ 芝・増上寺の南、芝公園内にある丸山古墳は、都内で一番大きな前方後円墳とのこと。

1602081

■ 【港区のハザードマップ】
「津波」、「浸水(内水氾濫=古川と支流中心、および外水氾濫=荒川)」、「揺れやすさ」、「液状化」、の四種類が発行されている。

○ 「津波ハザードマップ」は、想定地震「元禄型関東地震(M8.2)」で、(A)防潮施設・健全、液状化・なし(=東京都の浸水想定と同様)、及び(B)防潮施設・すべて損傷、液状化・あり(=最悪の想定で、港区はこれを前提に津波避難ビルの指定などの防災対策を実施)、の2パターンの地図。
パターン(B)の場合、埋立地以外では、古川沿いの芝公園付近で、最大浸水深1.5m以上。

○ 「揺れやすさマップ」は、想定地震が「東京湾北部地震(M7.3)」(フィリピン海プレートが震源の首都直下型地震のモデル)、港区の地形の詳しい解説と図(沖積世基底図)あり。

○ 防災に大変力を入れている印象を受けた。

■ 【港区郷土資料室】
三田図書館の4階なので、月曜日でも開室している。

○ トピック展示。「港区遺跡展~最近の発掘調査から~」、「安政地震」、「勝海舟」、「品川台場」、区内に多い貝塚、「さわれる展示室」、「芝丸山古墳」など。

○ 遠近(おちこち)道印作「改撰江戸大絵図(複製)」元禄16(1703)年が、明暦大火(1657年)以後の江戸の開発を示すものとして大きく展示されている。

○ 遠近道印は、『寛文五枚図』などの精度の高い地図の制作者として有名。「早稲田大学古典籍データベース」で、彼の複数の地図がオンライン公開されている。

◇ 早稲田大学古典籍データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html
「早稲田大学図書館が所蔵する古典籍について、その書誌情報と関連研究資料、さらには全文の画像を広く一般に公開しようとするものです。」

2016年3月18日 (金)

江東区 ハザードマップと深川江戸資料館

○ 3月某日、江東区へ。

◆ 江東区役所にて

○  「 まちの記憶と未来展 」 、区役所内の展示、分かりやすくまとまったきれいなパンフレットあり。

○ 洪水ハザードマップは、内水と外水の二種。 「 大雨浸水ハザードマップ 隅田川・江東区内部河川流域 」 と 「 洪水ハザードマップ 荒川 」 。

○ 荒川氾濫時は、避難地区がすべて新しい埋立地 (豊洲、有明、東雲、辰巳、新木場、若洲、そして隣の港区・品川区とも接する青海) で、深川方面から南へ向かって避難方向を示す大きな矢印が描かれる。浸水の目安としては、江東区の北東部が3~5m、北西部が0.5~3m、とされている。

◆ 深川江戸資料館
やはり場所柄か、外国人が多い。

○ 1Fは導入展示室、深川ゆかりの人物紹介など。

○ BFが常設展示室で、深川の町並みの再現。江戸博に似ている。企画展として、同フロアの一角のスペースが 「 長屋~住まいと暮らし~(2015/11/10-2016/11/13) 」 。

1603151

○ 2Fは小劇場。

■ 深川江戸資料館/公益財団法人江東区文化コミュニティ財団URL:http://www.kcf.or.jp/fukagawa/

2016年3月17日 (木)

「隅田川の水門」と「すみだ郷土文化資料館の空襲体験画」

○ 3月某日、浅草から吾妻橋で隅田川を渡り、区役所からすみだ郷土文化資料館へ。

○ 隅田川テラス
隅田川沿いに、 「 隅田川テラス 」 という名の遊歩道を整備している。写真は、その一部で吾妻橋の東岸、ビオトープに仕立てられている。

1603162

○ 源森川の水門

北十間川(きたじっけんがわ)の西側が源森川になる。東京都江東治水事務所が管理しており、洪水・高潮等で隅田川の水位が上がると閉める。現在、耐震補強工事中。
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/chisui/index.html

1603161

◆ すみだ郷土文化資料館


区役所の北、隅田川近くにある。1F、2Fが常設、3Fが企画展示。

○ 1Fは、歴史展示。海岸線の変化、古代東山道、在原業平、隅田川渡船...複製だが、史料展示も。

○ 2Fは、墨堤のジオラマと空襲の体験画の展示。
すみだ郷土文化資料館の企画展 「 描かれた東京大空襲-絵画に見る戦争の記憶 」 ( 会期:2004H16年1月31日-3月21日) を開催するにあたり、体験画を募集、それに応えて空襲体験者96人の偏り200枚以上の絵画が寄せられた。体験画の収集展示を企画された資料館の学芸員の方々、そして絵を描かれた方々へ、深い敬意を示したい。

○ ここに展示されている体験画を、どう表現して良いのか、言い淀む。赤と黄と黒の三つの色が支配的。人々が受けた傷の深さ、そして恐怖、悲しみ、怒り、祈りが、否応なく伝わってくる。図録として、すみだ郷土資料文化資料館監修 『 あの日を忘れない 描かれた東京大空襲 』 柏書房 , 2005 (http://www.kashiwashobo.co.jp/cgi-bin/bookisbn.cgi?isbn=4-7601-2666-X ) 、が販売されている。購入。

476012666x_2

○ 3Fは、企画展で 「 東京大空襲から戦後復興へ ( 2016/2/20-5/8 ) 」 。空襲前後の空撮写真や米軍による被災地図類が中心。
アメリカ軍は、<本所区 ( 現墨田区南西部 ) を含む下町を 「 焼夷区画1号 」 と名付け、もっとも燃えやすい地域と想定 ( 1943年の 「 焼夷弾レポート 」 に見える作戦名 ) >、空襲後には損害評価のための偵察飛行・写真撮影を行った。その写真が、現実に重要な資料となっている。

○ 区立博物館の利用案内・パンフレット類には、戦争関係の記述が、現実の展示のボリュームに比べると非常に少なく感じる。

■ すみだ郷土文化資料館URL(墨田区役所内のページ、分かりやすいとは言えない):https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/kyoudobunka/index.html

2016年3月 6日 (日)

上野・下町風俗資料館

■ 台東区立下町風俗資料館を訪問。2016年3月。
http://www.taitocity.net/taito/shitamachi/

■ 不忍池のほとりに建つ。展示フロアは1階と2階。写真撮影は基本的にOK。

■ 1階は、「大正期の下町の街並み」。商家や長屋の駄菓子屋に上がれる。
長屋の間のドブ(溝)や、共同井戸も再現されている。

1603031

■ 2階は資料展示が中心。パンフレットには、「下町に関する資料」「生活に関する資料」「季節・年中行事に関する資料など」と(だけ)ある。

■ 戦時下の資料類が興味深い。下左は、空襲時の注意を促す「防空演習ポスター(空襲だ!水だ・マスクだ・スイッチだ)」昭和17(1942)年。下右は、都市部で家庭菜園を普及させ少しでも食糧状況を改善させようとするものか。

1603032

これらの啓蒙活動が大勢に影響を与えなかったことが明らかにされると同時に、愚劣さに怒りを禁じ得ない。

他にも「家庭用米穀通帳」昭和19(1944)年、「家庭用品購入通帳」、「家庭用蔬菜購入票」、「お米の通帳制家庭心得」などの展示。
「お米の通帳制家庭心得」東京府 警視庁 東京市 昭和16(1941)年には、こうある。

----------------------------
一、お米は通帳でお買ひ下さい
(イ)東京府では四月一日からいよいよお米の割当配給ということを断行します。(中略)
(ハ)これまでは食べたいだけの米が買えました。四月一日からはそれが出来ません。大変不自由だとお考えでせうが、お米の浪費規制は銃後七百五十万府民の勤めです、お百姓さんが肥料や人手間の不足をジーッと我慢して職分方向の心意気で作って呉れた大切なお米です。(後略)
----------------------------

■ 台東区教育委員会発行の①『明治期の土地台帳』、②『沽券扣』、③『上野下アパート』、『関東大震災と復興の時代』など購入。
①と②はは都立中央図書館所蔵資料の翻刻。沽券は、東京の東でしか見ない。③は平成25年に建て替えられた同潤会アパートの記録。

■ 場所柄からか、都内巡りの中高生グループや外国人観光客が目につく。スペースは広くはないし、内容も近現代中心に特定の主題に絞り込まれているが、展示内容は分かりやすく工夫されていると感じた。

■ 不忍池では、枯れたハスの除去作業進行。大変な仕事だ。ご苦労様です。
オオバン、キンクロハジロ、ハシビロガモ、ユリカモメ、ウを観察。冬鳥は減っていき、桜も咲いていた。春だ。

1603033_6

2015年12月15日 (火)

大田区立郷土博物館

大田区郷土博物館

151209o

■ 常設展示の主なテーマは、六郷用水、馬込文士村、海苔生産、羽田空港、工場、松竹蒲田撮影所など。


■ 特別展は「まちがやって来た-大正・昭和 大田区のまちづくり-」。東京近郊農村が、大正期以降の市街地化を中心とする地域変化の展示。

■ 特別展・展示のメモ

●『交通系統沿線整理地案内』付図 1938(昭和13)年
 東京の郊外に広がる鉄道路線ごとに進められる新しいまち(市街地)づくりの様子を、沿線の事業組合(整理地)の分布図として描く。鉄道の路線と駅、整理地、名所旧跡をコンパクトにまとめて構成した独特の鳥瞰図。大正広重・吉田初三郎の弟子の作品か?下は、武蔵野電車沿線整理地鳥瞰図(練馬区石神井郷土資料室の展示から)。

Photo_2

●「同潤会 雪ヶ谷分譲地案内」
 関東大震災後の都市型住宅(アパート)建設で有名な同潤会は、昭和初めに都市郊外で木造庭付き一戸建て住宅の供給もしている。大田区では洗足台や雪ヶ谷など四カ所で分譲された。
 この「案内」には、分譲地の地割りや住宅の間取りが示されていた。そのこと自体は、現在の建て売りと同じかもしれない。しかし、同潤会分譲住宅は、田園都市型の戸建て住宅である。
 江古田に残る同潤会住宅(原則非公開、保存会によって守られている)は、伝統的な建造物で建売住宅のイメージとは一致しない。練馬区の地域観光資源にも登録されている。

● 東京都市計画図類
 東京市勢調査会市政専門図書館デジタルアーカイブスの地図類が、大きくプリントアウトされ展示。「東京市勢調査会」は、現・後藤・安田記念東京都市研究所。デジタルアーカイブスの地図類は貴重。

■参考「池上電気鉄道ポスター」
○ これは私の職場にあるもの(由来は不明)。今回の大田区の展示を見て、ポスターの意味合いがよく腑に落ちた。

Photo_4

○ 池上電気鉄道(現東急池上線)は、大正11年、国鉄蒲田駅から日蓮宗本門寺の池上までの1.8キロで営業開始。本門寺の参詣客輸送を見込んだものだった。昭和3年に五反田まで到達したので、このポスターはその頃に作られたのだろう。当初、池上電気鉄道は目黒を起点にして敷設許可申請・認可されたが、急速な地価高騰などにより、五反田へと起点を変更した。

○ 起点の変更は、ライバル社・目黒蒲田電鉄(現東急目黒線、1997(平成9)年までは目蒲線とも)がいち早く目黒に到達したことも影響したようだ。目黒蒲田電鉄は、田園都市株式会社の子会社・鉄道部門。渋沢栄一らの田園都市株式会社は、大正期に馬込千足(洗足)と東調布村(田園調布)で宅地開発・耕地整理・分譲を開始している。

○ 参考文献 今尾恵介『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み 関東1 東急・小田急』白水社,2014、ほか

■ 吉田初三郎のオンライン・デジタル・アーカイブス
○「WEB地図の資料館」(合資会社アソシエ)内。「九州・初三郎研究会」のページもあり。
http://www.asocie.jp/oldmap/hatsusaburo.html
○京都府のページ内、デジタル展覧会「京の鳥瞰図絵師 吉田初三郎」
http://www.pref.kyoto.jp/shiryokan/yoshida-index.html
○日文研(国際日本文化研究センター)のデータベース・所蔵地図(まとまっていない)
http://db.nichibun.ac.jp/ja/category/syozou-map.html
○「ちずぶらり」シリーズ(スマホ向けアプリ)を作成しているATR Creative Inc.には、「初三郎ぶらり」がある。

2015年11月 3日 (火)

三鷹市大沢の水車

■ かつて(明治~大正期)、野川(東京・多摩川支流)周辺には多く(10以上)の水車があった。その内の二つが、現在文化財として保存あるいは復元・維持されている。

■ 一つが三鷹市大沢の水車である。ボランティアガイドさんによる解説付きで、見学できる。素晴らしい施設だと思う。

http://www.city.mitaka.tokyo.jp/suisya/index.html (10時~16時、見学料100円、水曜日定休)

■ これは玄米の精白用の擣臼(つきうす)。

1510waterwhee2


■ こちらはコムギの製粉用の挽臼。挽いた粉を篩(ふるい)でふるった後、粗い粉を選別して挽臼に再度自動的に送る「セリアゲ(昇降機)」の仕組みに、感銘を受けた。すごい。

1510waterwheel1

■ この水車は、昭和43年の野川の河川改修まで稼働してきた。平成に入って、三鷹市文化財指定を受け、地下タンクの水で動かされるようなる。旧所有者(寄贈者)の峯岸清さんの水車への愛情が、この水車を残すことのできた大きな要因だったようだ。

■ 地形図でも、水車の地図記号は、昭和17年図式では存在、昭和30年図式で無くなった。昭和戦前期まで、水車は動力源=様々な工場として、意味を持ってきた。

その他のカテゴリー