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2016年7月23日 (土)

森を食べる

○ 「森を食べる」植物

 ハッとする題名の本に出会った。塚谷裕一『森を食べる植物』(岩波書店,2016)。

 「緑の葉を持たず、光合成をしない代わりに、カビやキノコを食べて暮らす植物」がいる。一般的に「腐生植物」と呼ばれ、ギンリョウソウが代表格である。ランの仲間の多くも、光合成をしつつも「根においてカビやキノコから栄養をとっている。」著者は、こどもの頃から、こうした腐生植物が大好きだったそうだ。
 腐生植物は、生きた菌糸を食べて暮らす。だから死んだ生物の体を分解して暮らす生き方を示す「腐生」という表現は、これらの植物の特色を正しく表してはいない。「菌寄生植物」あるいは「菌従属栄養植物」という名称に改めよう、という動きも活発だという。

 本書掲載の写真は、どれも美しい。

「腐生植物が栄養源としている菌類の、その栄養源はといえば、それは森を構成する動植物、とくに植物である。ということは腐生植物は本書の冒頭で述べたとおり、間接的に森を食べている植物ということになる。」
「腐生植物が豊富に見られるような、安定した、人の手のほとんど入っていない豊かな森では、林床はすっきりとしていて清潔感があり、下草もほとんど生えておらず、遠くまで見渡すことができる。地面はうっすらと落ち葉で覆われていて、その落ち葉のところどころからきのこが生えることもあるが、密生はしない。そんな中に、魅惑的な腐生植物が顔を覗かせているのである。」
「森を食べて花を咲かせる腐生植物は、森の結晶とも言えるだろう。」
「こんな奇妙な植物に、興味を持たない方が難しいというものだ。」

 <腐生植物が魅力的なのは、誰にでも自明でしょう>といわんばかり。著者の愛情がにじみ出ている文章、有無を言わさぬ断言口調、うなずかざるを得ない。

Ginryousou
ギンリョウソウ 2016/07 赤城山


○ 森を食べる「ひとびと」もいる。

 ジョルジュ・コンドミナス『森を食べる人々』(1957/橋本和也 青木寿江訳,紀伊國屋書店,1993)。

 本書は、ベトナム先住民の民族誌だ。原題(Nous avons mangé la forêt)は、「その(石の精霊ゴオの)森を我々が食べた(年)」というような意味合い。「(その)年」とは、著者のコンドミナスが、ヴェトナムでムノング・ガル部族のサル・ルク村で調査を行った1948年11月末から1949年12月初めまでの農業年度をさす。

 ヴェトナムの高地を生活の場所としている焼畑農民は、毎年一定の広さの森を伐採・焼き払って、森の耕地とする生活をしてきた。彼らの使う「我々は・・・という森を食べた」という表現は、よって特定の年月を示しているという。農作業と一年を一つのまとまった単位として考えているので、一年が「一年」でなくても支障は無い。

(『森を食べる人々』の複雑な意義は、著者のコンドミナス自身が、「序」と「日本語版への序文」で要約している。特に後者では、ベトナム戦争とその後の国家統一および国民統合政策を通し、結果としてこの著作が持つに至った意味について、控えめに語られている。)


○ 「森を食べる」とは?

 森は直接食べることが難しい対象だ。ゆえに「森を食べる」という言い方は、気付きにくい関係性を意識させてくれる表現だと思う。「我々」もまた「森を食べている」はずだ。ただ、その「食べ方」は、菌従属栄養植物や焼畑民に比べると、より間接的かつ収奪的である。

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